2016年03月28日

オリスタ、いまここに眠る。



2016年4月4日
オリスタが深い眠りについた。



こたつでうたた寝などというレベルではなく
朝日が昇っても目覚ましをかけても声をかけても
目覚めることのない深い深い眠りだ。


それはきっと不老不死の冷凍保存のような眠りに近い。
いつかまた目を覚ます時がくるとしてもそのまま目覚めることはないだろう。
オリスタが変わるか世界が変わるかのどちらかを迎えなければならないことは明白だ。
(大袈裟。しかしそのくらいの覚悟じゃないとこの気持ちに整理がつかない。察して。)




オリスタ。
それはきんきが生まれた年に創刊し
そしてきんきはそこに記録を残した。
もはや運命の雑誌といっても過言ではない。





―――信頼と実績のオリスタ。
きんきヲタは軽々しくこの言葉をオリスタに使っていたわけではない。


「37年間ありがとう」


それはこっちの台詞だ。
表紙のその言葉は私達がこの雑誌を手にして
そのままこの雑誌につぶやく為に記されていたようだった。



オリスタはいつも我々の希望だった。




見届けられない現場やもう一度見たい現場、めくるめく時間を前にして
そんな時私達はいつもオリスタの名を叫んだ。




「オリスタきてないかな・・・」
「オリスタがいるんじゃないか・・・」
「オリスタきてるよね?!」
「この展開でオリスタがいないわけがないwww」
「信じよう・・・オリスタ様はきっといてくれる・・・」
「オリスタ様・・・お客様の中にオリスタ様はいらっしゃいませんか!!」






-----そしてほどなくして更新されるオリスタ公式Twitter。






「オリスタ様キタ━━━━━━(゚∀゚)━━━━━━!!!!」
「オリスタ様ありがとう。・゚(゚⊃ω⊂゚)゚・。」
「さすが!おれたちのオリスタ!!!」
「こんなにいっぱい載ってる。・゚(゚⊃ω⊂゚)゚・。」
「こんなに細かく!こんなに丁寧に!」
「ありがとう!!ありがとうオリスタ!!!」



まさに信頼と実績。
強い絆で結ばれていたきんきヲタとオリスタ。
それは片思いではなかったはずだ。



あの小難しいきんききっずにまっすぐに向かい合い
読者のニーズを察知し、あの手この手でなだめすかす技、
乗っかってやるかと想わせる熱意。
取材をすれば読者の質問をしっかりと反映し、
無駄に長い話もうまくまとめ、
そっけない返事もその空気の曖昧な半笑いすら上手に料理して文字に起こす。
つるんと仕上げた肌に寄せるテキストは時に笑わせ時に泣かせ
アメブロで名言をピックアップしてはその余韻を残す。






今更だが
なんだこの雑誌・・・
モテ要素しかない。




ananで抱かれたい雑誌ランキングがあったら間違いなくぶっちぎりの一位である(きんきヲタ調べ)






オリスタがきんきヲタにとって信頼と実績を築いてきた歴史には必ずそこにいてくれたということだけではない。



ちゃんと堂本剛と堂本光一とKinKi Kidsをまさに三者三様に捉えて届けてくれていた。
それぞれのその時の事実をただ淡々と伝えるのではなく
彼らがどのようにそこに至っているのかその道程を辿りながらいつも寄りそってくれていた。




その愛してやまないこの雑誌が、
どうしてオリスタが休刊しなければならなかったのか。


そう考えた時、中居がいいともで残した言葉を思い出しました。



中居「バラエティってゴールのないところで、終わらなければならないので、
こんなに…残酷なことがあるのかなと、思います。」



まさに雑誌もゴールがないところで終わらなくてはならない媒体。
売れなくなるという終わりはゴールではなくコースの先に崖が見えてしまったようなもの。
コースはまっすぐに伸びているのに走っているのに。
この世から笑いが無くならないように音楽も無くならないのに。
一時代を築き役目を終えたかのように突きつけられる終わり。
戦って戦って走り続けても。
これもまたまさに残酷だなと。





デジタル化の波が押し寄せたという言い回しはよくあるが
モラルマナーも法の整備も規制もなにも追いついていないままに
デジタル化はもう波ではなくあっさりと土になってしまった。


その土には雑草の伸びるままに任せた荒れ放題の庭、
胸のむかつくものだけがのさばり蔓延っている
(こんな時にも生きるSHOCKの汎用性よ)


これからも科学は進歩するし世の中は変わっていく。
未来は容赦なくやってくる。
何度も言うがおそらくその早さにいまのままではモラルマナーも規制も法も追いつかない。
早売り、スキャン、垂れ流し、拾い画と問題は山積みだったのだ。
見過ごすわけにも諦めるわけにもいかない。
雑誌や音楽業界はそれが顕著にあらわれたに過ぎない。
新しい媒体はどんどん出てくる進化する。




年々きんき活動が減っていく今
シングルが年に1枚も出ない今
週に一度の30分番組だけでしか元気な姿が確認できない今、
オリスタというきんきに出会える媒体をまたひとつ失った今、
きんきをもっと次に次につなげていくためになにが出来るだろう。



オリスタも
オリスタとして次に生きていく為に
休刊という道を選んだのだと思いたい。



一度退いた以上オリスタ様にはしばらく時間は必要だろう。
デジタル化がすでに土ならば
どのようにそこに種を撒き、水をやり時に肥しを入れ、花を咲かせ実らせるか。
そこには企業としての責任はかかってきますからね。



私はこのことも踏まえて応援する方向性を見誤らないようにしたい。
見過ごすわけにも諦めるわけにもいかない。
そう、この気持ちは大切にしているひとつです。
雑誌がどうこうだけでなくそれは単純な正義感ではなく
自分に立ち返るその原動力として。




きっといろいろ考えていると思うんですみんな。
オリスタがいなくなるって本当に切ない出来事です。
本当に楽しい想い出しかない。



だからあらためてオリスタ様に感謝を込めて。
ありがとうございました。
だからこそ
どんな形でもまたいつか必ず。
そう言わせてください。


またいつか必ず。






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