2016年04月25日

明日を迎えるために願うこと

―――4月14日
熊本で震度7の地震が起きました。
その28時間後、その16倍のエネルギーのマグニチュードで再び震度7の地震が熊本を襲いました。




この地震を経験してお願いがあってこの文を打っています




この話題の鮮度が落ちないうちにそれを記しておきたいと思いました。
鮮度って言い方悪いかもしれないけど結局悲しいかなこの表現がふさわしくもあると思っています。



お願いの前に今回の地震について。

私はいわゆるジャニヲタなわけですが(且つ漫画もアニメも大好きな)
ベッドのそばに大きな本棚を置いていました。
漫画、小説、写真集、CD、DVD、グッズその他がっつり収納していました。
ふと思い立った時にすぐ見返せるように寝る前に少し読んだり眺めたりして寝られるように
本棚はとりあえず倒れないようにしてありましたが取り出しやすいように手が届く範囲で自分に向けていました。
これがまず大きな反省点。


本震の夜、
本やCD、グッズ、重たいものも尖ったものも容赦なく飛び出してきました。
ただ落ちるんじゃなくて全部飛び出してきました。
全部自分を目がけて降ってきました。
愛してやまないものそのすべてに殺されかけるっていう現実がそこにありました。


停電でまっ暗闇の中、揺れがおさまってすぐに部屋から出ようとして
パニックになったままドアにすがる間に散乱したCDを踏んで割りました。


暗闇の中で探ったドアノブを引いてもドアは10cmほどしか開きませんでした。
ドアの近くに置いていた雑誌ラックが倒れて雑誌が飛び出し内開きのドアの下に挟まっていたのです。
力任せに無理やりドアをこじあけて出て真っ暗闇の中、階下へ転がるように降りて両親を伴って外に逃げました。

思い出すだけでも怖いしそこからも止まらない地震に翻弄され更なるパニックやら修羅場やらあるわけでその夜のくだりは
話し出すと長いので割愛しますが
後日見たら本棚はほぼ空っぽになり挟まれた雑誌は曲がってぐしゃぐしゃになっていました。
テレビもPCモニターも倒れていました。
化粧品類も飛び出て床に散乱してました。
気に入ってた食器類も割れてしまいました。




それからも地震は止まらず毎日またあの夜と同じ恐怖がくるのではないかと怯え
テレビばかり見てると気が滅入るので3日目くらいから私はテレビを見ないようにしました。



本震翌日から水が濁って飲めなくなりました。
飲用許可が出るまで8日かかりました。
都市ガスは10日経っても復旧しません。
私の町は停電復旧が早かったことは恵まれていました。





そんな中、元気出そうと思ってとりあえずはやっぱりエンタメに頼りました。




きんきはすぐには見られませんでした。
やっぱりこの世で一番好きなので好き過ぎて切なすぎてダメで。
この大好きな人たちが見られなくなるかもしれなかったのかと気持ちが募りすぎて
繰り返す揺れの中ではまずは淡々と過ごしたくてすぐは見られませんでした。



ほんとにありえない精神状態だなと思いました。
大好きなモノ見てるのにすごい真顔なんですよ。
いつももう見てるだけで幸せで毎日キャッキャして何度同じもの見ても
こーちゃん(  ゚∀゚)o彡°つよし(  ゚∀゚)o彡°きんき(  ゚∀゚)o彡°
自担最高!!この世の奇跡!
運命も土下座する俺らのミラクルハピネスチャージハートキャッチエンジェル!!
って、によによしてるだけの人間がどこまでも真顔なんですよ。
どこまでも真顔。妄想とかも一ミリも働かない。
真顔のまま涙出てくる。


JUMPとか嵐とかもダメでした。
なんかキラキラしすぎてて。
V6はいけた。
無意識にあのビートを身体が覚えてる感じ。


SMAPはかなり見ました。
あんまりそれぞれがはしゃいでなくてなにかを背負ってる覚悟みたいなモノが滲み出ててなんかちょうど良かった。
スマスマの全曲メドレーとかすごい良かった。あらためてぐっときた。



たくさんのくまモン励まし絵も見ましたが尾田栄一郎の踏ん張るという励ましは沁みました。

頑張るだとそこから上を目指さなきゃいけないプレッシャーがあるんですけど踏ん張るだとそこにいたままでいいからそこでなにもしなくてもできなくてもただ今を耐え抜く感じがあった。
もちろん頑張れも大切で、だからこそ踏ん張る時と頑張る時を使い分けていけばいいんだと思えました。

中居も言ってたね
踏ん張る。



怯えて悩んで落ち込んで
もっと辛く悲しい人もいるのにこれではいけない家に住めて無傷な私は幸せなのにと時に自分を責めたりして
止らない地震におびえて半泣きしながら
この見通しの無い明日におびえる毎日ならばヲタクよりもいっそ貯金全部使って整形して豊胸して
南の島でグッドルッキングガイでもはべらす人生のほうが幸せなのかもしれないと思う程度には病みました。
人生で欠片も願ったことのないそんなことまで思いつくことにむしろそこまで病んだら底辺だなと思えて元気が出ましたし
力なく半笑いできました。(そして知る。私は恭子派)



ふざけてる訳じゃないんですけど結局逃避するしか自分の精神状態を守る術がなくて。
楽天的な発言をすることで周りも和むので思いつくことにあまりブレーキはかけないでいました。



今はメンタル的にもだんだんと落ち着いてきましたが
そうしてひとつひとついろんな気持ちを噛みしめていると自然にひとつの願いに辿りつきました。
地元支援をして欲しいのももちろんではありますがなによりもひとつお願いがあります。




出来る範囲で出来るだけ早くご自身の地震の備えをしてください。




いつかやろうと思っているうちはそのいつかは来ません。
その証拠にいつか見ようと思ってる録画や片づけてない切り抜き類、
片づけるそのいつかはきたことがありますか
そんな私みたいな人いると思います。
手をつけていないものは老後の楽しみに取っておくんだと言ってもその老後、くるのでしょうか?
そもそも明日はくるのでしょうか。


こいつアホだなぁって本当にどう思ってもいいので。
なにを言われてもいいので。
むしろこんな私みたいないつかやろうってアホにならないでください。





少しでもいい、ひとりでも多く自分の身の回りを振り返ってほしい。
それが願いです。



1981年以前の旧耐震基準の建物ではないですか
テレビをはじめ家具の転倒防止してますか
軽いものでもドアをふさぐような落ち方しませんか
雑誌タワー作ってないですか
本棚が倒れてきませんか
本棚からハードカバーの本、DVD-BOX降ってきませんか
大切なマグカップなどのグッズ、棚の手前に置いてないですか
PC、スキャナ、ゲーム機の配線、引っかかったりしませんか
コレクションボックス、無造作に積み重ねていませんか




ヲタクですから自分の愛するモノに囲まれているのがなによりの幸せです。
なんでも手に入れたいそばに置いておきたいと思ってしまいます。
誰も部屋にいれずに自分の思うままに飾りたいと思ってしまいます。
なにより異常にモノが多いはずです。

少しのことでも自分を守ることで好きなモノも守ることができます。



私は熊本は地震の少ない地域だと昔から言われていてそれを信じていました。
地震が起きても大きくても震度4くらいで軽いモノが落ちるくらいでした。
そのくらいのちょっと物が落ちるくらい平気だと思ってました。


地震が起きたら火の始末に気をつけて津波を考え新たな災害を防がなければといった知識と意識は持っていても
阪神も東北もどんなに恐ろしい想いをしたのだろうと想像をしたり考えたり涙したりしていても
そうして自分なりに咀嚼して意識を高めていても現実を前にしてそれは想像をはるかに超えていたのだと身をもって知りました。





自分の身の安全を振り返りながら
もしまたどこかで大きな地震が起きたら
この熊本地震を忘れず
これは前震かもしれないから気をつけなければ、
もっとひどい本震がくるかもしれないと思って欲しい。知ってほしい。覚えていてほしい。


テレビは確かに同程度の余震がくるかもしれないと言いました。
でも私達はその余震という響きに安心していました。
余震。
文字通りの余りの震え。
誰もが前震以下しか来ないと思ったんです。



もっとひどい地震がくるかもと言っていたら煽られる危機感は違ったのではないかと今でも思う。
予想なんてハズレてていいから嘘になってもいいから可能性がある限り煽れるだけ煽ってくれてよかった。




震度7の地震が起きた夜の翌日の夜に震度7はまた来ました。
前日のエネルギー16倍の大きさで。
翌日にきました。
同じ震度なのにそれは比べ物にならない暴力でした



本震と思った地震が前震で
余震が本震。
この流れ、本当に愕然としました。




結果的に前震となった震度7の翌日。
みんな過去形で昨日ばかりを振り返っていました。

怖かったね、びっくりしたね、と。




確かに地震は続いてた。
それでも前震が最大級の恐怖であると信じて余韻として受け止めているだけだった。



余震余震というけれど
今でも味わっている世にいう余震は私達には余りの震えではないんです。
気象学的にはそうなのかもしれないけれど味わう私達には
その余震ひとつひとつがひとつの地震。
恐怖の前兆。

震度6.5.4.3・・・体感できる限りは余震と呼ぶには辛すぎました。
余震。
本震の余りかのように軽くなるそのニュアンスをどう受け止めたらいいのか。



余震に気をつけてではなくもっと大きな地震がくるから気をつけてと言われていたなら
余震という呼び名でなければ、
なにかが変わっていたのでないかとどうしても思ってしまいます。
1人でも多くの人が助かったのではないかと思ってしまいます。




阪神を経験した人達のおかげで東北を経験した人達のおかげで
熊本は迅速に温かい支援を頂けていると思います。
生かされていると思います。












なので熊本の経験も必ず次へ繋げなければと思います。















被害を最小限に留めるために
失うものをひとつでも減らす為に
ささいなことでもいいから自分と自分の愛するものを守ることをはじめてください。
私はたまたま助かっただけで反省すべきことがたくさんありました。
だからそれを晒して危機感を持ってもらう一助となるべき責務があると思っています。



募金も物資も本当に本当にありがとうございます。
祈りや頑張れというお言葉も本当に本当に励みになっています

でも物資でなくても募金でなくても
ただ自分に落ちてくるかもしれないハードカバーの本を動かしてくれるだけでいい。
それもひとつの立派な支援活動だと思います。
阪神の東北の熊本の教訓が生かされ役立ったのなら私達が立ち上がる大きな励みになります。






どうか復興と共に風化することなくこの教訓が浸透しますように。
どうかこの教訓が生かされるような地震が二度と起きませんように。












posted by . at 12:35| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする